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がん治療に取り組む医療関係医者の皆様へ。その治療の先にあるものはなんですか?がん治療に前向きに取り組む患者の皆様へ。その治療が終われば苦しみからは解放されますか?サバイバーが増えれば増えるほど、多彩になっていく不安と苦しみ。がん患者の旅に終わりはなく、それに最後までつきあってくれる人は……いったいどれだけいるのでしょうか?<ワケあり患者・小春>
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 金曜日に退院という話がでましたが、あまりにも体調が変動するので、日記もつけられず、予定もたたず、なかなか報告することができませんでした。

 咳に関しては、ほとんどコントロールできつつあるのですが、咳を抑える薬の分量によって、何が原因なのかわからない副作用がいろいろでてきて、その結果、日々体調がアップダウンを繰り返している状況です。

 今のところいちばんつらい症状は、咳止めのモルヒネにともなう便秘(便秘がこれほど苦しく気持ちわるく多彩な症状をもよおすものだということを初めて知りました)と食欲不振、肩こり、頭痛、なかなか動けないための筋力低下など。筋力低下はまた便秘を引き起こすので、悪循環のままぐるぐるまわっている感じです。

 また、これもやはり薬の副作用だと思うのですが、文字を読んだり書いたりする集中力が著しく落ちて、皆さんからのメールのお返事を読むにも何十分も同じところをぐるぐるまわり、誤字じゃないものも誤字に見えてしまったり、今までの自分からは考えられないくらい読み書きに神経を使っています。

 とにかく、食べたり寝たりすることがストレスなくできるようになるまでは、なかなか退院もむずかしそうですが、あせっても逆効果なので、少しずつ疲労をとっていけるように努めます。

 今日は従姉妹に口述筆記をしてもらいましたが、今の自分ではとてもこんな長文はうてません。また筆記してもらえるときに折りにふれご報告したいと思います。

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お読みになる前に…
年が明けて、三度目のがんがみつかってしまいました。
25年間で新たながんが3回……さすがにこれはないでしょう。

がん治療ががんを呼び、また治療を勧められてがんを呼び……はっきり言って「がん治療」成功してないです。
私は「生きた失敗作」です。
医者は認めようとしませんが、失敗されたうえに「なかった」ことにされるのは耐えられません。

だから息のある限り語り続けます。
「これでいいのか?がん治療」……と。

漂流の発端をたどると1988年から話を始めることになります。
西洋医学の限界とともに歩んできた私の25年間をご覧ください。

別サイト「闘病、いたしません。」で第1部「悪性リンパ腫」から順次更新中です。
このブログでは第4部「乳がん」から掲載されています。最新の状況はこちらのブログで更新していきます。
プロフィール
HN:
小春
性別:
女性
職業:
患者
自己紹介:
東京都在住。
1988年(25歳〜26歳)
ホジキン病(悪性リンパ腫)を発病し、J堂大学附属J堂医院で1年にわたって化学療法+放射線治療を受ける。
1991年(28歳〜29歳)
「再発」と言われ、再び放射線治療。
1998年(35歳)
「左手の麻痺」が表れ始める。
2005年(42歳)
麻痺の原因が「放射線の過剰照射による後遺症」であることが判明。
2006年(43歳)
病院を相手に医療訴訟を起こす。
2009年(46歳)
和解成立。その後放射線治療の二次発がんと思われる「乳がん」を告知される。直後に母ががん転移で死去。
迷いに迷ったすえ、西洋医学的には無治療を選ぶ。
2013年(50歳)
照射部位にあたる胸膜〜縦隔にあらたな腫瘤が発見される。
過去の遺産を引き続き背負って無治療続行。
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