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がん治療に取り組む医療関係医者の皆様へ。その治療の先にあるものはなんですか?がん治療に前向きに取り組む患者の皆様へ。その治療が終われば苦しみからは解放されますか?サバイバーが増えれば増えるほど、多彩になっていく不安と苦しみ。がん患者の旅に終わりはなく、それに最後までつきあってくれる人は……いったいどれだけいるのでしょうか?<ワケあり患者・小春>
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皆様こんにちは。
今日も代筆致します、竹馬の友です。
今までの経過をお知らせ致します。

まず、お知らせしなければならないのは、体調は良くなっている部分もアリ、また悪くなっている部分もアリとちょっと複雑です。
良くなっている部分は、咳が収まったことです。
今までは話そうとすると咳き込んで、コミュニケーションがとれませんでしたが、今は仰向けになっていても咳が出ることなく、また呼吸も辛くなく話せます。
咳止めも当初に比べて少なくなり、咳に関しては悩みも少なくなりました。
問題の便秘ですが、鍼の効果もアリ、これも改善し、それに伴う吐き気もなくなりました。
便秘に伴う、腹痛や冷え感もなくなり自然なお通じがあるようになりました。
しかし、入院に伴う諸手続きなどで人と折衝することが多く、とても疲れるようです。
そのためか、文字の読み書きが出来ません。
メールをいただいても読むことができず、返信するのは右手も不自由になって来たので、キーボードを打つことが難しいです。
当初は腕の不自由さが、ブログアップの障害でしたが、今は頭がついて来ないようです。
まるで砂の上に字を追ってるようだということです。
お友達にメールをいただいても、お返事が出来ないことが辛そうです。
お話しするのは普通に出来ます。

ただ、腕や背中の痛みや、しびれで眠りが普通にはとれないため、睡眠薬や安定剤を服用するので、夜、ボーッとした状態であるときは、頭もすっきりしないようです。
夜は昼に比べて痛みや諸症状が強く出ます。

日々変わる症状に合わせて薬も変わりますが、なかなかぴったりと来るものが見つかりません。
見つかって症状をうまくコントロールできれば、退院のめどが立ちます。

リハビリも大変なものの一つのようです。
体力を維持するために、歩行訓練を受けていますが、かなり本人にとってはきつそうです。
腕の麻痺もあり体のバランスをとって歩くことも大変です。
果たしてこれが本当に必要かちょっと疑問のようです。

とりあえず、今の状況をお知らせしました。

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 金曜日に退院という話がでましたが、あまりにも体調が変動するので、日記もつけられず、予定もたたず、なかなか報告することができませんでした。

 咳に関しては、ほとんどコントロールできつつあるのですが、咳を抑える薬の分量によって、何が原因なのかわからない副作用がいろいろでてきて、その結果、日々体調がアップダウンを繰り返している状況です。

 今のところいちばんつらい症状は、咳止めのモルヒネにともなう便秘(便秘がこれほど苦しく気持ちわるく多彩な症状をもよおすものだということを初めて知りました)と食欲不振、肩こり、頭痛、なかなか動けないための筋力低下など。筋力低下はまた便秘を引き起こすので、悪循環のままぐるぐるまわっている感じです。

 また、これもやはり薬の副作用だと思うのですが、文字を読んだり書いたりする集中力が著しく落ちて、皆さんからのメールのお返事を読むにも何十分も同じところをぐるぐるまわり、誤字じゃないものも誤字に見えてしまったり、今までの自分からは考えられないくらい読み書きに神経を使っています。

 とにかく、食べたり寝たりすることがストレスなくできるようになるまでは、なかなか退院もむずかしそうですが、あせっても逆効果なので、少しずつ疲労をとっていけるように努めます。

 今日は従姉妹に口述筆記をしてもらいましたが、今の自分ではとてもこんな長文はうてません。また筆記してもらえるときに折りにふれご報告したいと思います。

拍手[18回]

 今日、ようやく部屋を引っ越ししきた。
 今までは一番高い個室(そこしか空いてなかった)だったが、今度は個室仕様の2人部屋。
 その同室の方が先ほど旅だれた模様だ。

 生前の看護とまったく同じように気持ちよく家族と会話し、体をきれいに整えるナースたちの気配が伝わってくる。
 さすが緩和ケアのプロたちだ。

 くしくも旅立った女性の名は私と同じだった。

 母のときのあの一夜を思い出さずにはいられない
 お顔も見ていないけどれ、隣の部屋からご冥福をお祈りいたします。

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 今日は代筆係がいないので自分で書きます。
 
 今日の昼食のメインは「スズキのレモン蒸し」。
 一見さっぱりしてる感じだけど、一口食べたら意外に生臭風味。
 もともとずっと食欲ないし、これはパスかな〜と思いつつ、いったんベッドを離れて用を足してから再びベッドに戻ったとき、信じがたい事件が起こりました

 そのときのベッドの高さが高かったため、(ベッドの右側から)両膝をマットレスの上に乗せ、そのままズリズリとベッドの左側にあるテーブルに向かって移動しようと試みたのですが、自分が思う以上に自分の脚力は劣化していました。

 足は思った通りに動いてくれずに進行方向にバランスを崩し、それを支えようとした両腕も脱力したため、私はなんと顔面からスズキにつっこむといううコントのような失態を演じたのでした。
 そしてあの生臭いスズキの蒸し汁が私の前髪にベッタリと!

 これは スズキの 報復ですか。。。

 でもまあ食べたくなかったしいっか。
 ……と思ってたら20後くらいにボランティアさんが残っていたスズキを蒸し直して持ってきてくれた。。。( ̄▽ ̄;)

 おそるべし、スズキの因縁。

 午後は心を入れ替えてはじめて院内の庭とチャペルを車いすで散歩してみました。
 疲れたけど、その後の午睡でちょっと気分がスッキリしました。
 
 筋力不足、こわいっす。

拍手[12回]



お見舞いにいただいた植物の中でボランティアさんの間でダントツ一番人気がこれ。
触ると癒されるというんですが、「触ったらストレス与えそうでかわいそうで触れない」という人も。


 なんとかこうして近況を報告してきましたが、最近は右手のほうも重くて書くのがしんどくなっています。
 そこで、これからはサイボウズの「小春プロジェクト」でお世話になっている友人に時々代わりに書いてもらうことにしました。
 今日はこの方です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 私、小春さんとは竹馬の友と申しましょうか、古くから存じ上げてはおりましたが、ちょうど苦しい闘病のさなかにあたる時期にはおつきあいがありませんでした。
 私自身も病気を患ったこともあって、同じ闘病者仲間として親交を深めるようになりました。

 そして今日、これから時々お見舞いに伺う際に、代筆をすることになりました。
 そうこう書くうちにも、ベッドに起き上がった隣の小春さんからいろいろ注文が…。
 書く気力は充分なのに、手が動かないもどかしさが伝わってきます。
 代筆を頼まれて頭を抱える私の姿を見て、その姿だけでもう書きたネタがいっぱいだと言っています。
 まあ今日はまずテストケースということで。

 今朝は、ボランティアのおばちゃんに半ば強引に紅茶を勧められ(しかも1杯で捨てたらもったいないと2杯いれられたそうです)、それを飲んだら激しく気分が悪くなり、その後レントゲン室に運ばれる羽目になったとか。
 いったい彼女に何が起こったのか?
 医師が慎重に読影した結果、出された診断は「便秘」でした。

 入院したことのある人なら一度は通る「便秘」の道。
 あら恥ずかしい、便秘のお話なんて。
 と思っている方は、まだこのブログの真の読者とはいえません。
 「小春道」を極めること。それは「便秘を極める」と言っても過言ではありません。

 話を体調に戻しますが、ベッドの上に起き上がることは問題なくとも、やはり体を動かすことは辛いようです。
 ちょっとベッドから降りただけで、息切れと咳に見舞われ、結局、頓服の咳止めをお願いすることに。
 小春さんによると、だいたい午後に頓服を飲むことが多いようです。
それでも一時期に比べて、かなり咳は治まり、ひどく体力を失うこともなくなったようです。

 薬と上手につきあうのもなかなか難しく、我慢しすぎるのも良くありませんが、副作用が気になるのも当然です。
 小春さんは、急に襲ってくる眠気の副作用がいやだと言っています。
 たしかに、薬による眠気は普通の眠気とは違って急に来るのでほんとにつらいです。

 食欲がないのも、周りのものとしては心配です。
 口触りの良いゼリーなどは口にしているようですが、今日は私と一緒にサンドイッチとおにぎりをもちょっと口にしました。

 さて、次はどなたが代筆してくれるでしょうか?
 楽しみにしていてくださいね。

拍手[12回]

 入院して1週間。
 ようやくwifiルータを購入してネットが開通しので入院以降の近況報告を。

 さすがは医療用モルヒネ。段違いに効く。
 入院してからは「生気」をむしりとられるようひどい咳には一度もなっていな。
 それまでは、一言しゃべるたびに脳がパンパンにふくれあがるくらいの勢いで咳こんでいたので、これだけでかなり人心地ついた感じだ。
 と同時に体のこわばりもとれて、自然に動けるようになってきた。
 動くといっても室内の移動をゆっくりする程度だが、それでも家の中にいた頃に比べると夢のようだ。

 モルヒネの副作用としては、頭痛やら吐き気やら口の中の渇きやらいろいろあるが、たいていの作用は1〜2週間で落ち着くらしい。
 最後まで残ってどうにもこうにもならないのが「便秘」だ。
 これは厄介だ。下剤の反応に個人差がありすぎてなかなか最適の分量値とタイミングにたどりつけないのだ。

 入院したのが木曜日で、最後に「出た」のが火曜日。
 火曜の夜は出た当日だったので休薬に。
 水曜からはさらに強い便秘をひきおこすモルヒネを飲み始めたのでラキソを10滴服用。
 反応なし。
 木曜日も10滴服用。さらにお通じを柔らかくするためにマグネシウムをを飲み始める。
 でもノーリアクション。
 金曜日も10滴で反応なしだったので、土曜日は15滴に、日曜日は20滴に増量。
 でも動かない!
 月曜日、司令塔(看護師さん)に「ここはもう思い切って勝負に出るしかないでしょう」とおごそかに告げられ、その日は一気に30滴にまで追加。
 さらに訪問で一日おきに鍼治療に来ている七瀬さん(仮名)も鍼で援護射撃。

 さすがに動きました。
 出ました。
 でも急に仕事しすぎなんだよ、ラキソベロン。
 その日の夜から昼にかけて10回通ったよ。
 もうヘロヘロ。
 その日は休薬ににしたけど、今日からどうするのかまた悩みが深まる。
 自分自身の経験と感覚が重要なので、まさに患者本人もピッチに立たなければならない試合が続く。

 あとは、突発的にくる眠気もこわい。
 お陰で眠剤は随分減らせたけどね。
 というわけで面会に来てくださってる皆さん、突然私が寝オチしてても驚かないでくださいね。
 

拍手[8回]

 この2週間、加速度的に症状がひどくなっている。
 リンコデが効かない。
 咳はどんどんひどくなる。
 息苦しさもひどく、時には安静時の血中酸素濃度が90を切ることも。
 息がほとんど吸えてない。
 夜中にこんな状態になったら恐怖と不安と心細さで体が硬直する。

 訪問診療は週に1回しかなく、継続して容態を見るのは難しい。
 リンコデが効いてない!という実感もなかなか伝わるのに時間がかかる。
 自分ではもうとっくに入院のタイミングだと思うのに、訪問の先生のほうから入院の話をきりだすことはない。
 やはり緩和ケア病棟に入院するには自分から乗り込んで行くしかないのか。

 というわけで、昨日緩和ケアに直接電話して外来の予約を1週間はやめて今日にしてもらった。
 その結果、明日入院できることになった。
 
 今日からは薬も一段階強くなり、モルヒネを服用することになった。
 当然、副作用もそれだけ強くなるだろうが、もう今のままでは消耗死しそうだ。
 まず咳をとめないことにはなにもかもがマイナスにしか働かない。

 入院には入院の不安があるが、在宅でコントロールするのはもう限界だ。
 いつ戻って来られるのかわからないが、一歩を踏み出すしかない。

 できるだけ副作用が穏やかで済みますように。
 そして安心して眠れる夜が手に入れられますように…。

拍手[13回]

 まるで熱い風船みたいだった。
 咳をするたびに中にたまった熱でどんどんふくらんでいく重い風船。
 風船だからベッドの上に横になっても体を預けられない。
 起き上がっても動いても風船だから地面に垂直にくっついてる感じがしない。

 七瀬さん(仮名)が来てくれた水曜日はその苦しさのピークだった。
 七瀬さんは置き鍼をねばり強くやってその熱と空気を抜いてくれた。
 体の中で行き場を失って苦しんでいる不要な空気が、最終的には「ゲップ」となって口から出てくるのが目標だが、ここまで体力が落ちているとそう簡単に上まであがってきてくれない。
 なんとか出口をみつけようと胃のあたりでもがいている空気が口から出てくるまでは何十分もムカムカして非常につらかった(不思議とその間は咳は出ない)。
 が、いったん出てきたら次々にポコポコとお魚のように空気が出てきて、治療が終わる頃にはなんとか人心地ついた状態になった。

 金曜日の院長の治療では少し受け入れ体力が回復したと判断されたのか、より刺激の強い「お灸」を使った。
 これはさすがに強力で、ムカムカは夜中まで続いた。

 土曜日(昨日)の七瀬さんの治療ではようやくムカムカなしで空気が出るようになった。
 まだまだ咳は出るが、しゃべれる時間も出てくるようになってきた。
 帰るときに「ちょっとしゃべれるようになったからっていい気にならないように」と釘を刺されたが、七瀬さんは自分がもともと超おしゃべりなので、うっかり治療中におしゃべりにのってしまった自分をも戒める意味もこめて言った模様。
 その点、院長はよけいなことはいっさいしゃべらないので安心。

 わかっているのだ。
 しゃべるのも、タイピングも負担になるということは。
 特に鍼の直後は体力をためる大事な時間なのでできるだけじっとしていなきゃいけないことも。

 でも「おとなしくして早くよくなってからやればいい」という選択肢は多分ないから。
 これだけ具合の悪い日が続いてたら誰だってそう思うだろう。
 ちょっとでも回復したら「今書かなきゃもう書けなくなる」と思って書いてしまう。

 『闘病、いたしません。』はようやく第2部(がん治療終了の部分)まで書いた。
 この先はいよいよ「がん治療がなにをひきおこすのか」「そのとき医者は助けてくれるのか」という核心部分に入る。

 ヨレヨレになった右手だけのタイピングはたしかに疲れる。
 でもしゃべるのも苦しいから口述筆記も音声認識も無理。
 手書きにいたってはもはや自分でも何書いてんのか読めない。

 やっぱり地道にタイピングしかない。
 どこまで残せるのかは運次第だ。

拍手[8回]

 息を殺してじっとしている。
 爪先まで力を入れて体をかたくする。
 ちょっとした筋肉の弛緩だったり、体勢を変えるための首の回転だったり、ほんのささいなきっかけで咳の速射砲が始まるので、たえずビクビクしている。
 銃を持ってウロウロ歩き回っている兵隊から身を隠すような緊張状態がずっと続いている。

 一週間ほど前から明らかに一段階状態が悪化した。
 とにかく咳がパワーアップしている。
 外に出る咳ではなく、内へ内へとこもっていく重くキレの悪い咳なので、体力の消耗感が半端ない。
 肋骨の痛みはなくなったけど、そのかわりに頭に響くようになった。
 咳をするたびに頭がうっ血していく。
 咳じたいも苦しいが、たえず続く咳で身体中に熱がこもり、背中回りがパンパンにむくんでいるのがつらい。
 横になっても力が抜けないので、ぐったりしてるんだけどぐったりできない。
 
 リン酸コデインも2日に1回とか悠長なことは言ってられず、日に3回飲むようになった(マックスは日に6錠と言われている)。
 ここまで飲むようになると便秘も避けられないので下剤も服用。
 普通の排便でも弱ってるときはすごい体力使うなと実感するので、便秘になったらどうなるのかとおそろしい。

 毎日いろいろな人が出入りして質問したり確認したりしてくるが、今週はもうしゃべるそばから咳が始まるので代わりにしゃべってくれる人が必要な状態。

 さすがに心身ともに「もうダメかも…」と思った。
 緩和ケア病棟に入院しようかとも思ったけど、そうすると院長の鍼が受けられなくなってしまう。

 とはいっても、鍼に通うのももう限界に近かった。
 今は週2回車で送迎してもらっているが、正直車でもしんどい。

 と、そこで頭に浮かんだのが今まで何度も助けてもらった鍼灸師の七瀬さん(仮名)だった。
 院長は往診しないけど、七瀬さんはたしか車で往診もやってるって言ってた。
 なんとか往診を追加することで事態を好転させられないかと思って七瀬さんにSOSのメールを送った。

 そしたら夕べ、遅い時間にもかかわらず、かけつけてくれました。
 院長の治療は時間制限があるので(枠が15分しかない)、重篤な状態の人にはどうしても時間が足りなくなってしまう。
 鍼って体力をバケツに注ぎ込むようなものだから、キャパがいっぱいある人は短時間で満タンにできて、しかもそれが長時間もつんだけど、体力が落ちている人や重病人の場合は、キャパが小さいから1回に入れられる体力の量も少なくなるし、持続力も短くなる。
 さらにうっかり入れすぎるとかえって悪化するのでそこが厄介。

 七瀬さんは往診なので、時間を気にせず私のペースでじっくりやってくれて、昨日は1時間半くらいかけてやってくれた。
 咳をとめるのは治療中しか効果ないけど、びっくりしたのは咳によるうっ血と火照りとむくみが見事にひいたこと。
 これだけで目の前の霧が晴れたように楽になった。
 
 夕べは久々に熟睡できた。
 今後は院長の鍼の翌日に往診で追加治療をおこなうという「こまめに給水方式」で様子をみることになった。
 今日は疲れはあるけど昨日に比べたらかなり気力が戻ってきているのがわかる。

 咳には咳止めを。
 それは戦場の掟でしかたのないことなんだけど、このままでは両軍ともに兵士が疲弊していくのは否めない。
 そんな中、七瀬さんが傷病兵を癒しにきたナイチンゲールに見えた夜でした。

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 今朝、うとうとしているときにベッドの右側に誰かが立ってじっと私の様子をうかがっている気配がした。
 起きようと思えば起きられたけど、一日のうちで一番楽な状態がこの時間帯(起床前の数時間)なので、気配だけを感じつつ、そのまま寝息をたてていた。
 最初は父が様子を見にきたのかと思ったが、階下では父が働いている物音がする。
 じゃあ、誰だろう。
 ……母だろうか。

 次に目が覚めたとき、気配を感じた場所を見てみたら、そこには人の立てるスペースはなかった。
 迎えにきたのかな。
 なにかを伝えにきたのかな。
 そういえばこの1週間くらい毎晩のように夢に母が出てきている。

 びわの葉を続けるようになってから、肋骨の痛みは劇的によくなった。
 首肩背中腰は相変わらずつらいけど、前屈みになる回数は減った。

 咳止めを飲むのは2日に1回くらいだが、最強の薬というほど効いてる感じはしない。
 咳は基本的に動いたりしゃべったりするときにガーッと出ることが多いが、たくさんしゃべっても出ないときもあるし、安静にしていてもひどく出るときもあるのでまったく予想できない。
 ただ、総体的には朝起きあがった直後が一番具合悪い気がする。
 逆に夕方以降のほうが少し調子がよくなるようだ。

 不眠は相変わらずだが、眠れない原因は「熱」だ。
 昼はそんなことはないのだが、就寝時になると太もものあたりに熱が浮いてくるような感じになって睡眠モードに入れない。
 かゆみを伴うこともある。
 頭をボーッとさせるためには眠剤や安定剤があるが、これはまたべつの問題なんじゃないか。
 医者に言うとかゆみどめとか、アレルギーの薬とか出すんだろうが、もっと根本的な要因があるように思う。

 食事はなんとかとれているけど、かなり食が細くなった。
 食べたいものの幅が猛烈に狭い(しかも日々変わる)。
 昼間はわりと食べられるが、夜が入らない。いつもの半分くらい。
 甘いもの、冷たいもの、生ものもあまりほしくない。
 わりと常においしく食べられるのはトマトソース。それに麺類。
 したがってトマトソース系のパスタの出番が多い。
 最近は、Facebookのタイムラインに食べ物の写真が多すぎて見るのが気持ち悪い。
 体重は3キロくらい減ったが、おそらくそのほとんどが筋肉だと思う。

 体調の具合を見ながら、25年前からの話を『闘病、いたしません。』にせっせと連載している。
 ようやく第1部(最初の治療の話)を書き終えた。
 本文にも書いたが、ここまでは単なる「つらかったがん治療の話」。
 いわば前振りだ。
 本当に書きたい話、書かなければならない話は第2部以降に出てくる。

 これを書き上げないと死んでも死にきれないという話。
 これを世に残すことがちっぽけな個人である私にできる最大の仕事。そして「使命」だと思う。

 今は「ピンとこない」と思っている人たちも、今後数十年、もしかしたら数年のうちにきっと「このことだったのか」と直面することになるだろう話。
 3.11以来、大きな幻想の上に自分たちの安全と安心がきわどく成り立っていたことに気づいてしまったように、知ったらもう知らなかった過去へは戻れない話。

 私がいなくなったあとでも読まれてほしいけれど、いるうちに一人でも多くの人に読んでもらえたらもっと嬉しい。
 あなたが読むだけでなく、あなたが読ませたい人にも読んでもらえたらさらに嬉しい。

 どうか拡散してください。
 よろしくお願いします。

拍手[22回]

カウンター
お読みになる前に…
年が明けて、三度目のがんがみつかってしまいました。
25年間で新たながんが3回……さすがにこれはないでしょう。

がん治療ががんを呼び、また治療を勧められてがんを呼び……はっきり言って「がん治療」成功してないです。
私は「生きた失敗作」です。
医者は認めようとしませんが、失敗されたうえに「なかった」ことにされるのは耐えられません。

だから息のある限り語り続けます。
「これでいいのか?がん治療」……と。

漂流の発端をたどると1988年から話を始めることになります。
西洋医学の限界とともに歩んできた私の25年間をご覧ください。

別サイト「闘病、いたしません。」で第1部「悪性リンパ腫」から順次更新中です。
このブログでは第4部「乳がん」から掲載されています。最新の状況はこちらのブログで更新していきます。
プロフィール
HN:
小春
性別:
女性
職業:
患者
自己紹介:
東京都在住。
1988年(25歳〜26歳)
ホジキン病(悪性リンパ腫)を発病し、J堂大学附属J堂医院で1年にわたって化学療法+放射線治療を受ける。
1991年(28歳〜29歳)
「再発」と言われ、再び放射線治療。
1998年(35歳)
「左手の麻痺」が表れ始める。
2005年(42歳)
麻痺の原因が「放射線の過剰照射による後遺症」であることが判明。
2006年(43歳)
病院を相手に医療訴訟を起こす。
2009年(46歳)
和解成立。その後放射線治療の二次発がんと思われる「乳がん」を告知される。直後に母ががん転移で死去。
迷いに迷ったすえ、西洋医学的には無治療を選ぶ。
2013年(50歳)
照射部位にあたる胸膜〜縦隔にあらたな腫瘤が発見される。
過去の遺産を引き続き背負って無治療続行。
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