忍者ブログ
がん治療に取り組む医療関係医者の皆様へ。その治療の先にあるものはなんですか?がん治療に前向きに取り組む患者の皆様へ。その治療が終われば苦しみからは解放されますか?サバイバーが増えれば増えるほど、多彩になっていく不安と苦しみ。がん患者の旅に終わりはなく、それに最後までつきあってくれる人は……いったいどれだけいるのでしょうか?<ワケあり患者・小春>
[76]  [75]  [74]  [73]  [72]  [71]  [70]  [69]  [68
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 今日は代筆係がいないので自分で書きます。
 
 今日の昼食のメインは「スズキのレモン蒸し」。
 一見さっぱりしてる感じだけど、一口食べたら意外に生臭風味。
 もともとずっと食欲ないし、これはパスかな〜と思いつつ、いったんベッドを離れて用を足してから再びベッドに戻ったとき、信じがたい事件が起こりました

 そのときのベッドの高さが高かったため、(ベッドの右側から)両膝をマットレスの上に乗せ、そのままズリズリとベッドの左側にあるテーブルに向かって移動しようと試みたのですが、自分が思う以上に自分の脚力は劣化していました。

 足は思った通りに動いてくれずに進行方向にバランスを崩し、それを支えようとした両腕も脱力したため、私はなんと顔面からスズキにつっこむといううコントのような失態を演じたのでした。
 そしてあの生臭いスズキの蒸し汁が私の前髪にベッタリと!

 これは スズキの 報復ですか。。。

 でもまあ食べたくなかったしいっか。
 ……と思ってたら20後くらいにボランティアさんが残っていたスズキを蒸し直して持ってきてくれた。。。( ̄▽ ̄;)

 おそるべし、スズキの因縁。

 午後は心を入れ替えてはじめて院内の庭とチャペルを車いすで散歩してみました。
 疲れたけど、その後の午睡でちょっと気分がスッキリしました。
 
 筋力不足、こわいっす。

拍手[11回]

PR
カウンター
お読みになる前に…
年が明けて、三度目のがんがみつかってしまいました。
25年間で新たながんが3回……さすがにこれはないでしょう。

がん治療ががんを呼び、また治療を勧められてがんを呼び……はっきり言って「がん治療」成功してないです。
私は「生きた失敗作」です。
医者は認めようとしませんが、失敗されたうえに「なかった」ことにされるのは耐えられません。

だから息のある限り語り続けます。
「これでいいのか?がん治療」……と。

漂流の発端をたどると1988年から話を始めることになります。
西洋医学の限界とともに歩んできた私の25年間をご覧ください。

別サイト「闘病、いたしません。」で第1部「悪性リンパ腫」から順次更新中です。
このブログでは第4部「乳がん」から掲載されています。最新の状況はこちらのブログで更新していきます。
プロフィール
HN:
小春
性別:
女性
職業:
患者
自己紹介:
東京都在住。
1988年(25歳〜26歳)
ホジキン病(悪性リンパ腫)を発病し、J堂大学附属J堂医院で1年にわたって化学療法+放射線治療を受ける。
1991年(28歳〜29歳)
「再発」と言われ、再び放射線治療。
1998年(35歳)
「左手の麻痺」が表れ始める。
2005年(42歳)
麻痺の原因が「放射線の過剰照射による後遺症」であることが判明。
2006年(43歳)
病院を相手に医療訴訟を起こす。
2009年(46歳)
和解成立。その後放射線治療の二次発がんと思われる「乳がん」を告知される。直後に母ががん転移で死去。
迷いに迷ったすえ、西洋医学的には無治療を選ぶ。
2013年(50歳)
照射部位にあたる胸膜〜縦隔にあらたな腫瘤が発見される。
過去の遺産を引き続き背負って無治療続行。
最新CM
[12/05 小春@管理人]
[12/04 りょん]
[09/22 小春@管理人]
[09/21 小春@管理人]
[09/21 りょん]
[09/16 小春@管理人]
[09/16 りょん]
[09/15 小春@管理人]
[09/13 りょん]
[09/09 音村]
カレンダー
07 2017/08 09
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
TOBYO
ブログ内検索
バーコード
*Powerd by NINJA BLOG *Designed by 龍羽風磨
忍者ブログ [PR]