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がん治療に取り組む医療関係医者の皆様へ。その治療の先にあるものはなんですか?がん治療に前向きに取り組む患者の皆様へ。その治療が終われば苦しみからは解放されますか?サバイバーが増えれば増えるほど、多彩になっていく不安と苦しみ。がん患者の旅に終わりはなく、それに最後までつきあってくれる人は……いったいどれだけいるのでしょうか?<ワケあり患者・小春>
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 ああ、腎臓結石の話を書きかけのまま、年を越してしまった(>_<)
 途中というのも気持ちが悪いので、その後の経過をサクッと報告します。

 10月12日(水)

 前夜、救急外来で「腎臓結石」という診断を受けて深夜に帰宅。
 この日はとりあえず家でおとなしくしていることに。
 鈍痛は少々残っているものの、鎮痛剤を飲むほどではないのでもらった薬は飲まなかった。

 さっそくネットで体験者談を拾いまくってみたが、「石が降りてくるときの痛みは壮絶の一言」「息もできず、ただのたうちまわるのみ」「お産より痛い」「いっそ殺してくれと思った。ていうかマジでこのまま死ぬと思った」などなど、痛いという情報だけでおなかがいっぱいになりそうで、「出るのにどのくらいかかるのか」とか、そういう知りたい情報に関しては「人による」という一言に集約されちゃってほとんど役に立たない。
 よく「出産」にたとえられる「結石」だが、だったら「予定日」くらいの目処はたててほしい。
 しかも対処法が「水飲むだけ」ってなんか頼りな〜い。

 そうこうしているうちに、症状がだんだん変化してきた。
 もともとどこが痛いのかわかりにくい状態だったのだが、今は「痛い」というよりは「つる」ような感じが強い。
 場所は右の肋骨あたり。
 背筋を伸ばすとそのつった部分が痛むので、常に前屈みの姿勢に。

 さらにつらかったのは「張り」だった。
 胃から腸にかけてが石みたいで、苦しくて食べるのがしんどい。
 食べ物も無理なんだから、水をたくさん飲むなんて絶対無理。
 体を縦にしていると「つり」と「張り」が厳しいので、ひたすら横になってばかりいた。

 10月13日(木)

 この日はリハビリ通院予定だったので、聖路加へ。
 リハビリのあとは眼科の予約も入っていたし、SSDで障害年金の書類の問い合わせもしなければいけない。
 いつ地獄のような痛みが襲ってくるかわからないと思うと外出も気が重かったが、まあ病院内でウロウロしていれば何かあってもなんとかしてもらえるだろう…とひらきなおって外出した。

 まずは病院の近くでランチ。
 相変わらず胃も腸もガチガチに固まってる感じだったがなんとか食べた。
 その後、リハビリ前診察で一条先生(仮名)の外来に移動したら、ちょっと歩いただけなのにものすごく呼吸が苦しくなった。
 体全体が硬直していて、息を吸おうとすると押し戻されるような圧痛が襲ってくる。
 血圧も脈拍も急上昇。
 再び救急で入れられたペンタジンを点滴(といっても、相変わらず血管出ないんで実際に薬が入るまでかなり時間がかかったけど)。

 でもこの症状、本当に結石のせいで起きてるんだろうか。
 自覚症状としては「痛い」というよりは「あちこち苦しい」って感じなんだけど。
 そう言ったら、「結石が腎臓から外へ出ようとするときに圧がかかって内臓のあちこちで筋肉が緊張して痙攣を起こすので、つったり張ったりする感じになるのも不思議ではない」と言われた。
 
 さらに、5月に撮ったCT画像と比較してみたところ、なんとその時点から結石が写ってるということが判明(大きさも位置もほぼ変わらず)。
 レポートで特に触れられていなかったのは、触れるほどではない大きさだったのでスルーされたのか。
 通常、この程度の大きさで腎臓内に留まっている分には無症状なので、私自身もずっと気づかないできたんだけど、大きなストレスを受けたことで活火山のマグマように石が活動を始めたのかもしれない。
 と言ったら、ナースに「そんな…オカルトじゃないんだから。ない、ない」と一蹴された。

 点滴が終わる頃には苦しくて歩けないという状態からは脱したが、一応リハビリと眼科はキャンセル。障害年金の問い合わせについてはSSDのソーシャルワーカーさんが診察室まで出向いて処理してくれた。

 10月14日(金)

 午前中、ちょっと家の中で動いて家事をしたらまたまた呼吸困難状態に。
 動かなければなんとか起きていられるんだけど。
 胃のまわりのガチガチ感がとにかく半端ない。まったく動いてる感じがしなくて、食べたものがすぐに胃酸とともにこみあげてくる。
 体中、痛くて、重くて、張ってて、つっぱってて、苦くて、苦しい。

 夕方、鍼に行って「はっきりわかるストレスを感じた翌日に石が動いた。病院では関係ないって言われたけど」と言ったら、「大きなストレスがかかれば内臓のすべてに反応が出る。石くらい動いても当たり前」とさらっと言われる。

 夜はもう全然食欲がなくておかゆをちょっとだけ食べたら熱が出てきた。
 腎臓やられてるときに熱とかマジやベー。勘弁。とビビリつつ、入院患者並の時間に早々と就寝。
 その後、熱は38度台まで上昇。

 10月15日(土)

 熱は一晩で下がり、胃のこわばりもちょっとゆるんで食事も少しずつできるようになるが、今度は背中から腰にかけての鈍痛が再燃。
 鎮痛剤を飲もうかどうか迷うが、水を飲むのも苦痛なほど胃が張っているのでできれば薬はこれ以上飲みたくない。
 夕方になって収まってきたので飲まずに我慢。
 ただ、我慢できる程度とはいえ、さすがにこれだけ痛みが長期化すると疲労がたまってくる。
 
 10月16日(日)

 起きたら再び背中の痛みが増してきた。
 背中の延長で肩まで痛い。
 そして尿も出にくくなってきた。
 明らかに今までで一番痛かったので、もらった鎮痛剤(カロナール)を服用。

 その直後のことだ。
 突如、全然違う場所に「なにこれ」というような痛みがやってきた。
 胃をひきちぎられるような痛み!
 冷汗が滝のように流れ、家族を呼ぼうにも大きな声を出せなくて、ベッドの上で海老のように丸まって一人もがいていた。

 そんな状態が30分くらい続いただろうか。
 ようやく痛みがやわらいで動けるようになってきたが、ムカムカして水も食べ物も受け付けない。
 というか、これじゃもうこわくて鎮痛剤飲めないよ。

 次に痛みが襲ってくるときのことを思うと、「入院&点滴常時接続」にしてもらいたいと思ったが、こういうときに限って日曜日なんだよなー。
 救急に電話してみたが、今行っても3時間待ちだと言われる。
 3…じ…かん……。
 病院まで行ってさらに3時間待つことを考えたら家で寝ていたほうがましのように思えたので、翌日まで待つことにした。

 その夜、初めて血尿が出る。
 紅茶みたいな色。
 これって……これって……「今からいくぜ!」っていう宣戦布告?
 いや〜〜〜〜〜!!! 
 
 パート3(完結編)につ・づ・く。

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お読みになる前に…
年が明けて、三度目のがんがみつかってしまいました。
25年間で新たながんが3回……さすがにこれはないでしょう。

がん治療ががんを呼び、また治療を勧められてがんを呼び……はっきり言って「がん治療」成功してないです。
私は「生きた失敗作」です。
医者は認めようとしませんが、失敗されたうえに「なかった」ことにされるのは耐えられません。

だから息のある限り語り続けます。
「これでいいのか?がん治療」……と。

漂流の発端をたどると1988年から話を始めることになります。
西洋医学の限界とともに歩んできた私の25年間をご覧ください。

別サイト「闘病、いたしません。」で第1部「悪性リンパ腫」から順次更新中です。
このブログでは第4部「乳がん」から掲載されています。最新の状況はこちらのブログで更新していきます。
プロフィール
HN:
小春
性別:
女性
職業:
患者
自己紹介:
東京都在住。
1988年(25歳〜26歳)
ホジキン病(悪性リンパ腫)を発病し、J堂大学附属J堂医院で1年にわたって化学療法+放射線治療を受ける。
1991年(28歳〜29歳)
「再発」と言われ、再び放射線治療。
1998年(35歳)
「左手の麻痺」が表れ始める。
2005年(42歳)
麻痺の原因が「放射線の過剰照射による後遺症」であることが判明。
2006年(43歳)
病院を相手に医療訴訟を起こす。
2009年(46歳)
和解成立。その後放射線治療の二次発がんと思われる「乳がん」を告知される。直後に母ががん転移で死去。
迷いに迷ったすえ、西洋医学的には無治療を選ぶ。
2013年(50歳)
照射部位にあたる胸膜〜縦隔にあらたな腫瘤が発見される。
過去の遺産を引き続き背負って無治療続行。
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