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がん治療に取り組む医療関係医者の皆様へ。その治療の先にあるものはなんですか?がん治療に前向きに取り組む患者の皆様へ。その治療が終われば苦しみからは解放されますか?サバイバーが増えれば増えるほど、多彩になっていく不安と苦しみ。がん患者の旅に終わりはなく、それに最後までつきあってくれる人は……いったいどれだけいるのでしょうか?<ワケあり患者・小春>
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 新しい主治医について最初におこなったのは、乳腺エコーと全身CT検査だった。
 まずは4月15日に乳腺エコーを実施。
 12月24日にやったのが最後だからほぼ4ヶ月ぶりとなる。

 結果は、最大径が15〜20mmの間くらい。
 やる人によって数ミリの誤差は生じるので単純比較はできないが、大きくなっていることは間違いない。
 今までずっと縮小の一途をたどっていたので、初めてのリバウンドといっていい。

 だが、これは予想されていたことだった。
 今年になってからずっと体調が悪かったこと、特に震災以降はひどい疲労感で寝てばかりいる時期が続いたこと、そしてなによりも、鍼灸治療での経過もここへきて「やや増大したままでの横ばい状態」が続いていて、四ツ谷先生(仮名)も「あまり状態が良くないこと」を実感していたようだったからだ。

 問題はこのあとだ。
 5月9日に全身CTを実施。
 ここで異常がいくつもみつかった。

 一番深刻な異変は肝臓に起きていた。
 嚢胞(液体の入った袋状のもの)がいくつも写っている。
 嚢胞じたいは良性疾患で心配はないのだが、ひとつだけ転移性悪性腫瘍を疑われる形状のものが確認された。
 これが悪性腫瘍だった場合、一番可能性が高いのは今ある乳がんの転移だが、知らないうちにできていた消化器系がんの肝転移という可能性もある。
 その区別の確定は肝生検でないとわからない。

 驚くほど2年前の母のケースに似ている。
 母は肝生検をおこなったのを機に急速に衰弱し、生検の結果、効くことがわかったうえで使った薬がまったく効かなくて、あっという間に手の施しようのない状態になったわけだが…。

 乳がん原発部分が大きくなっていることはうすうす予測していたが、いきなり肝臓とは正直予想していなかった。

 肝臓原発のがんだった場合、多くは肝炎から進行するため、肝臓じたいがまずダメージを受け、血液データにも出るのだが、転移がんの場合、がんができている部分以外は正常に機能しているため、相当大きく広がらない限り血液データには肝機能異常は出ない(母も、亡くなる2ヶ月前までは血液上の肝機能に異常はなかった)。
 「じゃあどうしてエコーやCTなどで肝臓をまめにチェックしないんだ」と思うかもしれないが、答えは「肝臓に出たら事実上もう打つ手はない」からだ。
 もちろん、治療はするだろうが、それは「根治を目指す治療」ではなく、「QOLを保ちつつ延命を目指す治療」になる。

 転移がんの場合、早くみつかっても遅くみつかっても予後に差はないと言われている。
 だから無駄な検査はしないのだ(このへんの考え方は病院によって多少差があるかもしれないが)。
 検査だって無害ではないし、体にダメージも負うので、私もやたらに検査をするのはいいことだとは思わない。
 一度乳がんになった以上、どんなに徹底的に治療を施しても転移の可能性はずっとついてまわるので、気の済むまで検査をやっていたらキリがない。

 「どうしますか?」
 先生に聞かれて考え込んだ。
 白黒はっきりつけるためにどこまで検査をするべきなのか。
 検査をどこまでもするということは、その先に「治療」があるということだ。
 私はがんについては「無治療」でいくと決めた。
 その考えは転移していたとしても変わらない。
 だとしたら、検査を徹底的にやる意味はないのではないか。

 少なくとも肝生検はありえない。
 「たしかに、位置的に肺の裏側に入り込んだところだから、針を刺すのが非常に難しい部分ではありますけどね」という先生。
 いやいや、難しくなくても肝生検はありえない。
 それは使う「薬」を決めるためにやる検査であり、「薬」を使わないのならやってもただ「リスク」を負うだけだ。

 MRIをやってみるという手もあるが、私は喘息で造影剤が使えないので、期待するほどの情報は得られないかもしれない。
 とりあえず、読影のプロである放射線科医に診てもらって、その結果を待つことにした。

 もし転移がんだったらまず「ホルモン療法」を勧められるはずだ。
 転移したということは、目に見えない状態のものも含めて体中に拡散しているということであり、手術のような局所的な治療はもはや意味がない。
 HER2陰性でハーセプチンも使えないから、残るのは「抗がん剤」と「ホルモン療法」だ。
 「抗がん剤」は効くかどうかやってみないとわからないので、ホルモン陽性である以上、まずは「ホルモン療法」からやってみようというのが妥当な選択だろう。

 予想通り、先生も「ホルモン療法」を勧めてきた。
 でも断った。
 そこにいたるまでの経緯は今まで散々書いてきたが、私にはやっぱり抗ホルモン剤も「効果より害のほうが大きい」としか思えないからだ。

 先生は、驚くほどあっさりとそれを受け入れてくれた。
 正直、「抗ホルモン剤くらいはやってみてもいいんじゃないか」という雰囲気だったが、私がいやだというのならそれはしかたがないという感じだった。
 それだけではない。
 「今までの経緯を考えたら、小春さんがそういう選択をするというのはよくわかる。僕は無治療大賛成。本当は抗がん剤なんて大ッ嫌いだよ。あんなもん苦しいばっかりで思うほど効かないし、研究すればするほど西洋医学の限界がわかって『がんは治せない』と痛感させられる。医者として今できる治療法を提示することはできるし、希望する患者さんにはやるけど、『やりません』って言われたら『そうだろうなあ』と思うよ」という爆弾発言まで…!
 腫瘍内科医が抗がん剤効かないって……言い切ったね(^_^;)

 がんを治そうと必死につらい治療に耐えている患者からしたら「医者がそんな頼りないこと言ってどうすんだよ。ふざけんなヽ(`Д´)ノ」と言いたくなる発言かもしれないが、私はここまで正直なのってすごいなと思ったよ。
 他でもない、誰よりもがんを治す薬について考えている立場だからこそ、その結論にいたるまでの葛藤や悔しさはいかばかりだったかと思うと、逆にとても信頼できる先生だと思えた。

 そう。
 残念ながらがんは頑張っても「治せない」。
 その「絶望」はまず受け止めなければならない。医者も患者も。

 でも、人は誰でもいつかは確実に「死ぬ」。
 そしてその死因は「がん」である確率がとても高い。ということはたしかだ。
 そう考えると、遅かれ早かれ人は「がん死」するのだと考えるべきなのだろう。

 それでも「治らないこと」イコール「絶望」では決してないと私は思う。
 それこそ、がんができることも、広がることも、消えることも、人智の及ばぬことなのだから、人間の手で思うようにできないからといって絶望することはない。
 がんになったら終わり。ではなく、がんになってからが本当の「生」だと思う。
 何を選択するかはその人自身の生き方にかかわってくる。
 医者はその部分にまでは踏み込めないのだ。

 医者も患者も「がんは治せない」という「絶望」にまずは謙虚に向かうべきだ。
 その「絶望」からのみ「希望」は生まれる。

 肝臓以外にも異常はあったんだけど、それはまた次回。

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お読みになる前に…
年が明けて、三度目のがんがみつかってしまいました。
25年間で新たながんが3回……さすがにこれはないでしょう。

がん治療ががんを呼び、また治療を勧められてがんを呼び……はっきり言って「がん治療」成功してないです。
私は「生きた失敗作」です。
医者は認めようとしませんが、失敗されたうえに「なかった」ことにされるのは耐えられません。

だから息のある限り語り続けます。
「これでいいのか?がん治療」……と。

漂流の発端をたどると1988年から話を始めることになります。
西洋医学の限界とともに歩んできた私の25年間をご覧ください。

別サイト「闘病、いたしません。」で第1部「悪性リンパ腫」から順次更新中です。
このブログでは第4部「乳がん」から掲載されています。最新の状況はこちらのブログで更新していきます。
プロフィール
HN:
小春
性別:
女性
職業:
患者
自己紹介:
東京都在住。
1988年(25歳〜26歳)
ホジキン病(悪性リンパ腫)を発病し、J堂大学附属J堂医院で1年にわたって化学療法+放射線治療を受ける。
1991年(28歳〜29歳)
「再発」と言われ、再び放射線治療。
1998年(35歳)
「左手の麻痺」が表れ始める。
2005年(42歳)
麻痺の原因が「放射線の過剰照射による後遺症」であることが判明。
2006年(43歳)
病院を相手に医療訴訟を起こす。
2009年(46歳)
和解成立。その後放射線治療の二次発がんと思われる「乳がん」を告知される。直後に母ががん転移で死去。
迷いに迷ったすえ、西洋医学的には無治療を選ぶ。
2013年(50歳)
照射部位にあたる胸膜〜縦隔にあらたな腫瘤が発見される。
過去の遺産を引き続き背負って無治療続行。
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