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がん治療に取り組む医療関係医者の皆様へ。その治療の先にあるものはなんですか?がん治療に前向きに取り組む患者の皆様へ。その治療が終われば苦しみからは解放されますか?サバイバーが増えれば増えるほど、多彩になっていく不安と苦しみ。がん患者の旅に終わりはなく、それに最後までつきあってくれる人は……いったいどれだけいるのでしょうか?<ワケあり患者・小春>
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 ちょっと驚くことがあった。
 ある友人に病気のことを話したら一冊の本が届いた。
 まずタイトルを見たとたん「!」となった。
 そのタイトルとは…。

 「一日一花」

 え?
 この言葉…実際にあったんだ。
 私の造語じゃなくて。
 というのが最初の驚きだった。

 Facebookの基本データのところに「好きな言葉」という項目がある。
 以前、そこに「なんて書こうかな」と考えたときに、ふと浮かんだ言葉がこの「一日一花」という言葉だった。
 どこかで見た事があるわけでもなく、本当にふっと浮かんだのだ。
 読みは「いちにちひとはな」でも「いちじついっか」でもどっちでもいいかな…と考えたこともおぼえている。

 とりあえず、その日一日分の花が咲けばいいじゃないか。
 翌日には翌日の花がまた咲くだろう。
 うまく咲けない日もある。
 しおれる日もある。
 でもそういうこともすべて「一日」でリセットして、また新しい花を咲かせよう。

 そんなイメージで浮かんだ言葉だった。
 花の手入れをしていると、無心になれるし、花のパワーには本当におごそかな気持ちにすらなる。
 座右の銘にするなら「花」から学んだ言葉を入れたいと思った。

 で、友人はFacebookでその言葉を見てこの本を送ってくれたのかなと思いながらパラパラと見ていたのだが、自分がどんなふうに書いたのか気になってFacebookを開いてみたら……ないのだ。
 「好きな言葉」の欄が空欄になっている……。

 え……そしたら私が書いたつもりだったあの文章はどこにいったんだろう?
 結局載せないで消したのか?
 じゃあ、友人も見てないってこと?

 さらに気になって友人に聞いたら「Facebookは見ていない」という。
 「本屋でたまたま気になって手に取って開いてみたらとてもひきこまれた。そのあと発病のことを聞いて『あ、この本は小春さんのところに行きたがってるんだ』と感じたのですぐに送った」と言われて二度びっくりした。

 正確に言うと「写真集」だ。
 ここでいう「一日一花」は「毎日花を生ける」という意味である。
 震災後、毎日山野から心にとまる花を探してきては、花器に生けてその写真をブログにアップする…という仕事を366日続けた華道家がいて、それを書籍化したものだ。
 人為的な「いけばな」というよりは、自然の力を生かす「なげいれ」という手法らしいが、よく見るとけっこう人為的にしたてられている。

 しかし伝わってくるパワーがすごい。
 花器も古代の石器のようなものが使われていたり、まわりの空間も含めて一枚一枚に静謐なオーラがある。
 ちなみに今日の花はローマ時代のガラスにいけられたアツモリソウとトロロアオイ。
 涸れかけて冷えてかたまったような、冬の温度まで伝わってくる一花だ。
 重いのが難だが、毎日めくりたくなる本を届けてくれた友人に感謝。

 体調は相変わらずだ。
 寝る時間から入浴時間や食べるものまで、極力体力を使わない方向で省エネしているが、こうした努力はすぐに成果となって目に見えるわけではない。
 あせってはいけないとわかっているが、一人でじっとしているといやなことばかり考えてしまう。
 それでいて、自分は何を恐れているのか、何におしつぶされそうになっているのか、その正体がはっきりわからない。
 やきもきしていることの大部分がじつはどうでもいいことなのかもしれない。

 前回、鍼の反応で息苦しさが強くなったと書いたが、どうやら違う気がしてきた。
 前の夜にやったリハビリの疲労と考えるのが正しいように思う。
 リハ→就寝→鍼→悪化→回復
 という順番だったので鍼に目がいってしまったが、体への負担を考えればリハビリの影響と考えるのが妥当だろう。
 当分、リハビリもリンパマッサージも休むことにした。

 鍼の先生には「精神的なストレスからくる体調不良も当然加算されてるだろう。人と話すなどの気晴らしも必要。でも時間を区切って連続して集中しないように」とアドバイスされる。
 連続がダメって……難しすぎる……(ToT)

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お読みになる前に…
年が明けて、三度目のがんがみつかってしまいました。
25年間で新たながんが3回……さすがにこれはないでしょう。

がん治療ががんを呼び、また治療を勧められてがんを呼び……はっきり言って「がん治療」成功してないです。
私は「生きた失敗作」です。
医者は認めようとしませんが、失敗されたうえに「なかった」ことにされるのは耐えられません。

だから息のある限り語り続けます。
「これでいいのか?がん治療」……と。

漂流の発端をたどると1988年から話を始めることになります。
西洋医学の限界とともに歩んできた私の25年間をご覧ください。

別サイト「闘病、いたしません。」で第1部「悪性リンパ腫」から順次更新中です。
このブログでは第4部「乳がん」から掲載されています。最新の状況はこちらのブログで更新していきます。
プロフィール
HN:
小春
性別:
女性
職業:
患者
自己紹介:
東京都在住。
1988年(25歳〜26歳)
ホジキン病(悪性リンパ腫)を発病し、J堂大学附属J堂医院で1年にわたって化学療法+放射線治療を受ける。
1991年(28歳〜29歳)
「再発」と言われ、再び放射線治療。
1998年(35歳)
「左手の麻痺」が表れ始める。
2005年(42歳)
麻痺の原因が「放射線の過剰照射による後遺症」であることが判明。
2006年(43歳)
病院を相手に医療訴訟を起こす。
2009年(46歳)
和解成立。その後放射線治療の二次発がんと思われる「乳がん」を告知される。直後に母ががん転移で死去。
迷いに迷ったすえ、西洋医学的には無治療を選ぶ。
2013年(50歳)
照射部位にあたる胸膜〜縦隔にあらたな腫瘤が発見される。
過去の遺産を引き続き背負って無治療続行。
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