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がん治療に取り組む医療関係医者の皆様へ。その治療の先にあるものはなんですか?がん治療に前向きに取り組む患者の皆様へ。その治療が終われば苦しみからは解放されますか?サバイバーが増えれば増えるほど、多彩になっていく不安と苦しみ。がん患者の旅に終わりはなく、それに最後までつきあってくれる人は……いったいどれだけいるのでしょうか?<ワケあり患者・小春>
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 9月18日。
 昨日は鍼に行ってから心療内科へ行った。
 抗うつ剤(ジェイゾロフト)は4月末から飲んでいたが、鍼に行きだしてから心身ともに本当に調子がいいので、8月末以来半分量にまで減らしていた。
 それでも体調が変わる事はなかったので、昨日先生に話して中止してもらった。

 先生に「乳がんの治療のほうはどうなりましたか?」と聞かれたので、「鍼を始めてから調子がよくて、腫瘍も小さくなっているので様子見になりました」と言ったら「そうですか。それはよかったです。まあ、いくらお題目並べたって効かなきゃ意味ないですからね。結果が良ければいいんですよ。結果が同じなら薬なんて飲まないほうがいいですよ」と西洋医学の医者にあるまじき発言(笑)。
 まあたしかにその通りなんだけど。

 これで、ピルに続いて抗うつ剤からも抜けられた!
 いずれは薬をすべて断ちたいけれど、長く使っている薬をやめるのはなかなか難しい。
 鍼で体調を整えつつ、少しずつでも薬を減らしていけたらと思う。
 
 鍼は昨日で10回目の治療になる。
 四ッ谷先生の治療は7回目だが、この日は12×11mmだった。
 このところ詰め詰めで通っているので、さすがにそう短期間で劇的な変化はないが、大きくなっている兆しもない。

 鍼を始めてからのおもな変化は以下の通りだ。

1)むくみの軽減
 …たしかに日によって好調不調はあるんだけど、全体的に左腕の皮膚が柔らかくなってきた。皮膚が固いとマッサージしてもリンパがなかなか流れないので、柔らかいのは非常に状態がいいということだ。むくみと言えば手のむくみばかりが目立っていたが、どうやら全身がむくんでいたようだ。まず、会う人みんなに「痩せたね」と言われるようになったのだが、実際は全然痩せてなんかいない。要するにむくみがとれて顔の形が変わったのだ。それから下腹部の感触が変わった。前に比べて弾力があるというか、しっかりしてきたように思う。これもむくみだったのかもしれない。

2)麻痺の軽減
 …麻痺は正直難物だ。西洋医学的にはほぼ100%治らないと言われている神経損傷なので、いくら鍼の効果がすごいといっても魔法のようにはいかない。最初に肘から下が持ち上がるようになったのには驚いたが、そこから先にはなかなかいかなかった。ただ、最近になって指先がしびれるようになってきた。麻痺というのはまずしびれから始まる。麻痺すれば感覚がなくなるから、しびれすら感じなくなる。しびれを感じるというのは感覚が戻ってきている証拠だと思う。

3)冷えとのぼせの軽減
 …冷えは明らかになくなった。足先の冷えはけっこう頑固だったが、今はもうない。のぼせも「滝汗」はなくなった。もちろん、汗はかくが、滝ではなくにじむような感じの汗で、ひくのも早い。アイスノン鉢巻は梅雨時から常用していて、保冷剤があっという間に生温かくなっていたものだが、今では冷たすぎてとても使えない。時々ぶわーっと顔が暑くなって「のぼせ?」と思うことがあるが、以前と違うのは体の中から熱くなっている感じがすることだ。前は、頭が沸騰しているときはもれなく首から下の冷えがついてきた。のぼせというよりは、体温自体が高めになったように思う。

4)肩こりの軽減
 …鬼のように貼っていたロキソニンの湿布薬(今までは一回に70枚くらい出してもらっていた)をパッタリ使わなくなった。こわばった筋肉がほぐれ、関節が柔らかく動きやすくなってきた。もちろん、まだまだ通常人から比べたらバリバリだけど、「つらい」と感じることは少なくなってきた。また、今まで気づかなかったのだが、どうも私は背中の皮膚感覚が鈍くなっていたらしい。最初は「なにかを押し付けられてる感覚があるだけで、鍼を使われてる感じがない」と思っていたが、ある日突然鍼の感覚を背中に感じるようになってびっくりした。思わず「ずっと同じようにやってますか?いつも同じ強さでやってますか?」と聞き返してしまった。

5)便通の改善
 …今まで特に自分が便秘症だと思ったことはなかったが、ものすごく気持ちよく定期的に出るようになって、初めて「今まではちゃんと出てなかったんだ」と知った。「快便」とはよく言ったもの。本当に良いお通じは快感を伴うのだ。

6)とにかく元気
 …前は身体が重くてだるくて動くのがつらかったのだが、ちょっとした動作も軽く無理なくできるようになった。疲れることもあるが、ひきずることがない。うつが出たときは、昼間に一回は仮眠をとらないと動けなかったのだが、今はそんなこともない。

 ざっとこんなところだ。
 なによりも、これだけ体調がよくなると、気力が桁違いにアップする。
 「病は気から」とよく言われる。
 これは「気のもちようで病気なんて防げるよ」という意味だと思っていたが、ここで言う「気」とは「気分」とかそんな軽い不確かなシロモノではないと思う。
 「気」は身体の中からわきおこってくるもので、意識で自在に操れるものではない(少なくとも素人には)。
 検査データにも「あなたの『気』は今このくらい」なんて出てこないし、数値化できるものでもない。ましてや薬で補えるものでもないが、身体の状態があるバランスを保てば、おのずと湧き出てくるものなのだ。

 鍼を始めて、その「気」としか言いようのないものがみなぎってきているのを感じる。
 「気分」で「気」をどうこうすることはできないが、「気」は「気分」に大きな影響を与える。それはたしかな事実だ。
 「気」が満ちれば、なにもかもが良い方向にいくように感じるし、自分の身体にも自信が持てるようになってくる。
 西洋医学に頼っていたときは、自分の身体に自信がどんどんなくなっていく一方だったので、この違いは大きい。
 自分の身体にこれだけのパワーが残っていたことに我ながらびっくりするほどだ。

 ただひとつ、鍼でもなかなか改善されない頑強な不調がある。
 それは「不眠」だ。
 前に「少しは早寝になった」と書いたが、最近また眠れなくなってきた。
 寝覚めは確実に前よりもよくなっているのだが…。

 今日は、漢方とリンパマッサージに行ってから、以前通っていた婦人科に行ってきた。
 薬はもうやめているし、行く必要はないのだが、どうしても一度、先生に聞いておきたいことがあった。
 それは、この間から言っている「はたしてピルをやめただけでがんが縮小することがありうるのか?」という点についてだ。
 外科の先生は「あるかも」と言っているが、女性ホルモンについて一番詳しいのはきっと婦人科だ。
 しつこいようだけど、この際、婦人科の先生の意見を聞いておきたかったのだ。

 前回、ここへ来たのは7/17のこと。
 組織生検の結果を聞いて、ピルを中止する旨を伝えにきたときだ。
 それから2ヶ月たつわけだが、婦人科の先生は、私がまだ治療を始めていないことに仰天しているようだった。
 「がんが縮小しているのだが、これはピルをやめたことと関係があるのか」
 ストレートにそう聞いたところ、「考えられない」という答えが返ってきた。
 先生いわく、ピルによってがんの育ちがよくなることはあっても、やめたことで小さくなる事はないとのこと。
 やっぱり思った通りだ〜!

 さらに、「エストラジオールが5以下とというのは少なすぎるのではないか」と聞いてみたが、その年齢なら決して異常な数値ではないと言われた。
 「でも外科の先生は、そのまま放っておくと、脂肪がエストラジオールを作るようになるから、さらにホルモンをカットする必要があると言うんですが…」
 そう言ったら、「うーん。それ、私もわかんないんですよね。乳腺科の先生はアロマターゼ阻害剤ってよく使うんですけど、閉経後にも脂肪からエストラジオールを作る人ってほとんどいないですよ。かなりの肥満体の女性とかでない限り。たとえ作られても血中のエストラジオール数値が目に見えて上がるようなレベルじゃないですから」と、アロマターゼ阻害剤の役割に懐疑的な様子。

 たしかに私もその点には疑問があった。
 乳がんは女性ホルモンに依存している(もちろん依存しないタイプもあるが)。
 だから徹底的に女性ホルモンをカットして兵糧攻めにすれば、がんは育たなくなる。
 これは乳がん治療の基本中の基本であり、そのためにみんなせっせとホルモン剤(抗エストロゲン薬やアロマターゼ阻害剤など)を飲み続けているわけだ。

 だが、素朴な疑問として、もしそういうことなら、乳がんは閉経前の、女性ホルモンが豊富に分泌される若い女性のほうが発症しやすいということにならないだろうか?
 実際は、若年層の乳がんは(他のがんに比べれば若い人も多いが)まだまだ少なく、女性ホルモンがほとんど作られなくなる閉経前後から閉経後の世代に発症ピークがある。
 中には70代や80代の発症も珍しくなく、女性ホルモンだけがそんなに関係しているとはどうしても思えない。
 無関係とは言わないが、他にも要因があって、そのほうが強い因子になっているんじゃないかという気がする。

 とにかく、ホルモンとは関係なくがんが縮小していることがわかっただけでも収穫だ。
 と満足して帰ろうとしたのだが、先生は、とにかく私がまだ治療していないことが気になってしかたがないらしく、「勉強するのはけっこうだけど、治療するときは思い切りも必要なんだから、あんまり考えすぎないで早く手術したほうがいい」としきりに勧めてくる。
 「でも小さくなってるんですよ、鍼で」と言ったら、「鍼」という言葉に全身でアレルギー反応を表明し(思いっきり顔を歪められた)、「せっかく小さくなってるんだから早く手術しましょうよ」と前半部分だけをつっこまれた。

 「ピルをやめてもがんは縮小しない」
 「にもかかわらず、鍼だけでがんが小さくなっている」

 そこまでの事実を目の前にしても、医者はやっぱり「鍼」を認めないんだなということを、あらためて思い知らされた。
 ここで言い争ってもしょうがないので、適当に返事してひきあげたが、内心は「そこまで言うなら、なぜがんが小さくなっているのか合理的に説明してよ」と言いたい気分だった。

 乳がんになってから、西洋医学の治療に対する疑問は深まる一方だが、この先さらに対立せざるを得ない出来事が起こるのだった。

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お読みになる前に…
年が明けて、三度目のがんがみつかってしまいました。
25年間で新たながんが3回……さすがにこれはないでしょう。

がん治療ががんを呼び、また治療を勧められてがんを呼び……はっきり言って「がん治療」成功してないです。
私は「生きた失敗作」です。
医者は認めようとしませんが、失敗されたうえに「なかった」ことにされるのは耐えられません。

だから息のある限り語り続けます。
「これでいいのか?がん治療」……と。

漂流の発端をたどると1988年から話を始めることになります。
西洋医学の限界とともに歩んできた私の25年間をご覧ください。

別サイト「闘病、いたしません。」で第1部「悪性リンパ腫」から順次更新中です。
このブログでは第4部「乳がん」から掲載されています。最新の状況はこちらのブログで更新していきます。
プロフィール
HN:
小春
性別:
女性
職業:
患者
自己紹介:
東京都在住。
1988年(25歳〜26歳)
ホジキン病(悪性リンパ腫)を発病し、J堂大学附属J堂医院で1年にわたって化学療法+放射線治療を受ける。
1991年(28歳〜29歳)
「再発」と言われ、再び放射線治療。
1998年(35歳)
「左手の麻痺」が表れ始める。
2005年(42歳)
麻痺の原因が「放射線の過剰照射による後遺症」であることが判明。
2006年(43歳)
病院を相手に医療訴訟を起こす。
2009年(46歳)
和解成立。その後放射線治療の二次発がんと思われる「乳がん」を告知される。直後に母ががん転移で死去。
迷いに迷ったすえ、西洋医学的には無治療を選ぶ。
2013年(50歳)
照射部位にあたる胸膜〜縦隔にあらたな腫瘤が発見される。
過去の遺産を引き続き背負って無治療続行。
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